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違いのわかる日本語――日本語教師の日本語メモ

日本語学校で教えている日本語教師の備忘的メモです。学術的な正確さは保証の限りではありません。このブログの記載は、勤務先の日本語学校の見解ではありません。随時修正・追記します。

「技能実習生としての外国人介護人材受入れ」への反応と私見

2015 年 2 月 4 日(水)、厚生労働省から「外国人介護人材受け入れの在り 方に関する検討会中間まとめ」が発表された。


外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会審議会資料 |厚生労働省

PDFはこちら↓

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000073122.pdf

これはあくまでも「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会 中間まとめ」であって、結論というわけではないのだが、公益社団法人日本語教育学会の反応は早く、2月6日に声明が出された。

http://www.nkg.or.jp/oshirase/2015/kaichoseimei.pdf
会長声明「技能実習生としての外国人介護人材受入れについて」 


公益社団法人日本語教育学会

これについて、思うところを述べてみる。

 まず、日本語教育学会会長 伊東祐郎氏の声明から引用しよう。

この件については、案の段階から新聞やテレビなどで報道されていますが、 今回の「中間まとめ」には、日本語教育の観点から見て主に3つの問題があり ます。

①外国人介護人材の受け入れ時の日本語要件が日本語能力試験の「N4程度」 となっており、介護現場での業務には不十分だと考えられる。

②受け入れ後の現場における日本語能力の向上が本人と施設側の努力目標と 位置付けられており、日本語学習が制度的に保障されていない。

③検討委員会に日本語教育専門家が一人もおらず、専門的な知見に基づいた議論が進められていない。

これらの問題について、公益社団法人日本語教育学会は、社会的役割を果たすべく、専門的知見をもって働きかけていきます。  

1点ずつ確認してみたい。

①受け入れ時の日本語要件が日本語能力試験(JLPT)のN4程度

まず、日本語能力試験(JLPT)の「N4」と、そのもう一つ上(現在の受け入れ要件)の「N3」がどのくらいのレベルかを確認しておこう。


日本語能力試験 JLPT

公式サイトの表現を引用すると、N4は「基本的な日本語を理解することができる」、N3は「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」とある。また、

N4とN5では、おも教室内きょうしつないまな基本的きほんてき日本語にほんごがどのぐらい理解りかいできるかをはかります。N1とN2では、現実げんじつ生活せいかつ幅広はばひろ場面ばめんでの日本語にほんごがどのぐらい理解りかいできるかをはかります。そしてN3は、N1、N2とN4、N5の「橋渡はしわたし」のレベルです。

という記載もある。N4は教室内で「理解」できる程度、N3になると少し世間に出て行けるレベル、という感じだ。日本語学校の現場では、N4は初級を一通り学んだ程度(テキストで言えば『みんなの日本語』初級1+2を終わった程度)、N3は初中級レベルとなる。*1

最近の非漢字圏(特にベトナム・ネパール)学習者の急増で、日本語学校の中には「2年間の日本語教育で非漢字圏学習者をN2に合格させるのは無理」と言っているところもある(私はそうは思わないが)。しかし、それは裏を返せばN3合格あるいはN3レベルは不可能ではないということだし、それ以下では実用上かなりの困難が伴うということでもある。

介護においては、危険状況の報告や介護対象者とのある程度のコミュニケーションも必要だろう。そのために必要となる日本語レベルは、できればN2、少なくともN3が最低ラインだと思う。それなのに、人手が足りないからといってN4で可とするのは、私も反対だ。一定以上の日本語コミュニケーション能力がないのに介護職に受け入れれば、機械的な労働力、悪く言えば奴隷的作業に従事させることになる。

という話を踏まえて、改めて「検討会中間報告」を読むと、決して「N4で十分」と言っているわけではないこと、また、逆にN2が必要という意見も併記されていることがわかる。同資料から引用する。

日本語能力試験「N3」程度を基本としつつ、業務 の段階的な修得に応じ、各年の業務の到達水準との関係等を踏まえ、 適切に設定する必要がある。

 具体的には、1年目(入国時)は、業務の到達水準として「指示の下であれば、決められた手順等に従って、基本的な介護を実践できるレベル」を想定することから、「基本的な日本語を理解すること ができる」水準である「N4」程度を要件として課し、さらに、「N3」程度を望ましい水準として、個々の事業者や実習生の自主 的な努力を求め、2年目の業務への円滑な移行を図ることとする。

 また、実習2年目(2号)については、到達水準として「指示の 下であれば、利用者の心身の状況に応じた介護を一定程度実践でき るレベル」を想定することから、「N3」程度を2号移行時の要件とする。

 なお、緊急時の対応等や、介護記録の作成や利用者への説明のた め、「N2」程度(日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、 より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる) が必要との意見もあった。こうした日本語によるコミュニケーション能力を実効的に担保できない場合、介護現場の混乱や介護事故等のおそれもあることから、確実に担保できる方策を講じることが適当である。

 また、専門用語や方言についても一定程度の理解ができるよう、 実習実施機関による研修等を実施すべきである。

この前の部分を読むと、入国時のレベルをN4に引き下げるのは、「日本の国家資格取得・日本定住を前提としたEPAとは異なり、技能を一定期間学んだ後には帰国するのだから、高い日本語能力に限定しない方がいい」という前提があって、このような提言が出てきたことがわかる。

ところで、この技能実習生としての介護人材受け入れについては、すでに昨年秋に以下のような報道がなされている。

介護の技能実習、入国前に日本語要件 | 医療介護CBニュース(2014年11月27日。登録しないと全文は読めない)

この時点では、厚労省がN3以上を求め、検討会もそれを受け入れていた。

EPA経済連携協定)の枠組みで、外国人の介護福祉士候補者を受け入れている施設の約9割が、N3レベル以上を求めているというアンケート結果を基に、技能実習ではN3以上を求める案を示した。

しかし、それから3か月で「いや、どうせ技能を学んで帰国するんだから入国時はN4でいいんじゃないの」という意見が出てきたようなのだ。

②日本語能力の向上が努力目標と位置付けられており、日本語学習が制度的に保障されていない

第2点。「努力目標」という言葉そのものは検討会報告にも書かれていないが、「「N3」程度を望ましい水準として、個々の事業者や実習生の自主的な努力を求め、2年目の業務への円滑な移行を図る」とは書かれている。確かにこれを読む限り、N3が望ましいが必須とは書かれていないし、日本語学習の必要性が低く見積もられているとも受け取れる。

だが、これも「技能を学んだあとは帰国するんだから日本語能力を高く設定しすぎても……」という検討会の前提からすれば、確かに筋は通っているといえる。

③検討委員会に日本語教育専門家が一人もいない

検討委員会の名簿は報告の最後のページ(18ページ)に記されている。しかし、この中には日本語学校から多数の留学生を受け入れている専門学校の先生もいる(学校法人滋慶学園京福祉専門学校の白井孝子先生)。日本語教育の専門家ではないとしても、留学生の日本語力についてはよくご存じだろうと思う。たしかに日本語学校の利益を代弁してはいないだろうが、しかし、白井先生はN4に引き下げどころかN2レベルが必要だと主張している。

前掲の11月のニュースではこのように記されている。

平川則男委員(連合総合政策局生活福祉局長)は、前回の検討会で行ったヒアリングで、EPA介護福祉士候補者を受け入れている施設から、「申し送りや利用者への説明など介護業務すべてを任せるにはN2以上じゃないと難しい」という声があったとし、「客観的にはN2以上が求められる」と主張した。白井孝子委員(学校法人滋慶学園京福祉専門学校ケアワーク学部教務主任)は、「例えばケースカンファレンスへの参加はN3では難しいので、どこまでの技能を移転するかを考える必要がある」とした。

「検討委員会」も一枚板ではないどころか、内部には日本語力引き下げについて、主に現場施設や福祉専門学校の実態に基づいて反対する声も強いことがわかる。2月の検討会でそういった声が上がらなかったわけではないことは、先の報告書にも

緊急時の対応等や、介護記録の作成や利用者への説明のた め、「N2」程度(日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、 より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる) が必要との意見もあった。

と明記されている。

このように見てくると、「検討委員会」をひとまとめにして批判するのは筋としてもよくないだろう。伊藤会長の声明では「日本語教育学会は、社会的役割を果たす べく、専門的知見をもって働きかけていきます」となっているが、この問題で日本語教育の専門的知見が果たしてどれほど必要かというと、正直なところ首をかしげざるを得ない。*2

一番大切なのは、「現場でどれくらいの日本語力が必要か」「ケースカンファレンスへの参加にはどれくらいの日本語力が必要か」ということであって、それに対しては、現場の人たちが明確に「客観的にはN2以上が必要」と述べている。しかも、検討委員会でもそのような現場の声が伝えられている。となれば、(私を含めて)日本語教育の専門家が口を挟む必要すらない。「最低限でN3、客観的にはN2以上の日本語力が必要」という基準は明確なのである。その点を踏まえて働きかけていくのが、筋のいい議論になるのではないか。 

*1:JLPTの問題点として、文法・文字・語彙といった言語知識と読解・聴解能力だけしか測れないということが挙げられる。私も実際、入学時のレベルチェックでN2に合格している中国人留学生を、会話や正確な表現に欠けるため初級クラスに割り当てることもある。逆に、特に欧米系学生で、口頭能力に極めて優れるが主に漢字の問題でJLPTに合格できない例も多い。したがって、単純にN4だからだめ、N3だったらいい、とも言い切れないのだが、ここでは便宜上、読む・聞く・書く・話すの4技能のバランスのとれた、実質的にN4相当・N3相当の日本語学習者を前提として話すことにする。

*2:あまりここで日本語教育の専門的知見といって割り込んでいくと、単に日本語学校がニーズを減らしたくないという経営上の理由でわめいているかのようにうけとられはしないか、というのが私の懸念である。