「募ってはいるが募集はしてない」の日本語教育的解析
「募る」と「募集する」は何が違いますか
2020年1月28日衆議院予算委員会で、日本国首相が「 #募ってはいるが募集はしてない 」と発言した。
【字幕表示できます】「#募ってはいるが募集はしてない」安倍さん、小学校からやり直し!2020年1月28日衆議院予算委員会
宮本徹議員「推薦しているわけじゃないですよ。募集をしているんですよ、これはね。募集しているっていうことについては、いつからご存知だったんですか。」
安倍首相「あの、ま、私はですね、ま、幅広く募っているという認識で、ございました。募集しているという認識ではなかった……のです」
委員長「まずご静粛にお願いいたします。宮本徹君」
宮本議員「あの、私も日本語をいままで48年間使ってまいりましたけども、募るっていうのは募集すると同じですよ。募集のボは募るっていう字なんですよ。総理がさっきから募ってる募ってるといってるのは、募集しているということなんですよ。その認識がなく、募ってるというお言葉を使っていたんですか。ねえ、募集のボはですよね、募るは。違いますか。」
安倍首相「あのえ-それはですね、まつまりえー事務所がですね、ま、いわば、いままでのですね、経緯の中において、それに相応しい方々に声をかけていると。そこでそれぞれが桜を見る会に参加をするかどうかということについて伺っていると。まあ、そういう意味において、募るということを、えー、申し上げているところでございます。」
留学生から「募る と 募集する は何が違いますか」という質問が来ることが想定できる。そこで、その違い(違わない点)について、日本語教育の語彙指導的な観点からまとめておきたい。以下、初中級くらいの授業風に。授業風なのでマス形主体に。
募ります
「募ります」も「募集します」も動詞ですね。
「募ります」は、グループⅠ*1の動詞です。テ形は「募って」、タ形は「募った」、ナイ形は「募らない」、辞書形は「募る」ですね。
「募ります」は二つの意味があります。
1つめは、「こんな会がありますよ。どうぞ来てください」といろいろな人を呼びます。または、いろいろなものを集めます。これは他動詞ですから、「~を募ります」と言います。「参加者を募ります」「コンテストの作品を募ります」。
「桜を見る会の参加者を幅広く募ります」は、「桜を見る会に来たい人はいませんか」と、いろいろな人に話します。「幅広く」は、いろいろな人に、の意味です*2。
2つめは、自動詞で、「大きくなります」の意味です。特に、心の中の気持ちが大きくなります。「思いが募ります」「悲しみが募ります」「不安が募ります」「不信感が募ります」。
「彼氏・彼女への思いが募ります」もありますが、勝手に大きくなるというニュアンスなので、どちらかといえばよくない気持ちが募ることが多いです。
そのほか、「寒さが募ります」「風が吹き募ります」などの言い方もあります。
今回、首相が言ったのは、一つ目の意味ですね。
募集します
「募集します」は、グループⅢ*3の動詞です。テ形は「募集して」、タ形は「募集した」、ナイ形は「募集しない」、辞書形は「募集する」ですね。
「募集する」は、「こんな会がありますよ。どうぞ来てください」といろいろな人を呼びます。または、いろいろなものを集めます。これは他動詞ですから、「~を募集します」と言います。「参加者を募集します」「コンテストの作品を募集します」。
「桜を見る会の参加者を募集していません」は、「桜を見る会に来たい人はいませんか」と、いろいろな人に話していませんでした、ということです。または、「参加したいと言ってくる人がいても、お断りしました」ということになります*4。
「募集します」には、「募ります」の2つ目の意味はありません。「不安が募集します」「不信感が募集します」は言いません。「寒さが募集します」もありません。
なお、「募集します」は「募集をします」と言うことができます。ただし、その場合、「桜を見る会の参加者〔の〕募集をします」と、助詞が変わります。
「募ります」と「募集します」の違い
では、「募ります」と「募集します」は何が違いますか。
1)「募ります」はグループⅠの動詞です。「募集します」はグループⅡの動詞です。
2)「募ります」は自動詞の「~が募ります」の形があります。「募集します」は自動詞の形がありません。
3)他動詞の形の「~を募ります」と「~を募集します」はどちらも使います。意味も同じです。
4)「募ります」は和語の動詞ですから、訓読みです。「募集します」は漢語を動詞にしたものですから、音読みです。
5)和語は一般的に話しことば的でやわらかい印象があります。漢語は一般的に書きことば的で硬い印象があります。
5のとおり、硬さ・柔らかさ、書きことば的・話しことば的という違いはありますが、意味は同じです。
「募ってはいるが募集はしてない」というのはまったく意味が通じませんから、皆さんは言わないようにしてくださいね。私も日本語をいままで○○年間使ってまいりましたけれども、こんな表現はたった一度しか聞いたことがありません。
――教室での指導であればこの程度で終わりである。
首相の「募ってはいるが募集はしてない」発言の意図を忖度してみる
安倍首相「事務所が今までの経緯の中において、それに相応しい方々に声をかけている、と。そこで、それぞれが桜を見る会に参加をするかどうかということについて伺っている、と。そういう意味において募るということを申し上げているところでございます。」(※フィラーを削除)
安倍首相の発言では、「事務所が相応しい方々に声をかけて、参加の意向を尋ねている」ことを、「募る」ではあるが「募集する」ではない、と述べている。
首相の意図を忖度してみると、「事務所が一人ひとりに声をかけた」場合は「募る」、もし大々的に「参加者募集中!」と告知していれば「募集する」、という使い分けが首相の脳内には存在したのではないか、と推測される。つまり、こちらから一人ひとりに声をかけたら「募る」、不特定多数を受け入れるのであれば「募集する」という、首相オンリーのマイ言語ルールがあったのかもしれない。
その推測の根拠は、上記の違い5にある。つまり、和語はプライベートで私的な行為、漢語は正式かつ公的な行為に用いる、というようなニュアンスの違いを感じていたのではないか、ということである。
確かに、個別に参加の意向を尋ねるという場合に「募集する」は使いにくい気もするが、だとしたらそれは「募る」も同様である。「参加したい人はいませんか」は「参加者を募る」でもあり、「参加者を募集する」でもある。
こちらから声を掛けたのだ、来たい人を広く集めたのではない、と言いたいのだとしても、「幅広く募っている」はアウトである。
首相は、言葉尻をとらえられないようにしようと思うのであれば、「事務所から、幅広い人に声をかけて参加の意向を尋ねたことはあるが、誰でも参加できるような募集をかけたことはない」とでも言うべきであった*5。
結論としては、「募ってはいるが募集はしてない」という表現は、日本語的に破綻しているということである。